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2016年8月22日月曜日

社会科学は学問として成立しているのか疑惑

 
 知的障害者を大量に殺害した事件が起きて、そのことにショックを受けた人たちが、人間の生存戦略は弱者保護による有害遺伝子の蓄積だ、という与太話に飛びついて。
 
 ∧∧
(‥ )優生学や社会ダーウィニズムに
\−  関する言及も検索すれば
    色々出てきますね
    社会学者は社会学に
    ダーウィニズムが応用され
    ナチスのようなものが
    生まれたことをきっかけに
    ダーウィニズムにも
    不信の眼を持つようになったと
 
  (‥ )包丁で人が殺されたから
      包丁で物が切れる理論は
      おかしいに違いないって
      発想だな
 
 正直、正気の沙汰とは思えない。
 
 ∧∧
( ‥)社会学者たちは
    ダーウィニズムを
    思想の一種であり
    科学理論ではないと
    みなしたがると...
    進化は再現実験
    できないからですかね
 
  (‥ )それを言うと天文学も
      再現実験できないけどね
      地学も同様
      一体誰がヒマラヤ山脈を
      作るって言うんだい?
  
 というか実のところ、いかなる再現実験も厳密には再現になっていないのだ。なぜかというに、実験で同じ分子を使うと言いつつ、実際には異なる分子を用いている。

 分子なんてどれも同じだろ?wwwと笑うことはできるが、困ったことに同位体というものがある。それに、日時が違えばあらゆる条件が実際には異なっており、いくら基本的な条件をそろえたと強弁しても…
 
 ∧∧
(‥ )その主張の背景には
\−  私が再現のために
    選んだ条件だけが
    現象に影響を与える条件である
    という前提が含まれている
 
  (‥ )これ、そのまま
      強固に主張すると
      単なる循環論法に
      なっちゃうんだよな
 
 私が選択した条件のみが実験に影響を与えるに違いない訳で、それで再現できたのだから、私が与えた条件が物事の本質に違いないのです。
 
 これでは駄目だ。
 
 せめていうなら
 
 私が思うにこの条件が現象に影響を与える要素だと思うので、取りあえずそれをそろえてみたら同じことが起こったので、多分、これが原因じゃないかと思うんですけどね。どうですかね?
 
 程度が正しい。
 
 もちろん、これとてあくまで仮説である。
 
 ∧∧
( ‥)実際には何が現象に影響するか
    分かったものじゃない

 
  (‥ )陽子崩壊の観測に
      用いられるプールの水に
      影響を与えるのは
      地球からはるか離れた
      大マゼラン星雲で起きた
      超新星爆発だった
      ということも起こるのだ
      しかもこれ再現不可能な
      観測であるな
 
 
 かように、再現不可能な観測に基づいて進行する自然科学は普通に存在する。あるいは再現実験自体、再現に線引きが無いものでもある。例えば物事が複雑で大きくなると再現度の不完全性が増大していく。
 
 ∧∧
(‥ )事故を再現しようと
\−  同じ車
    人体と同じ重さのマネキン
    推論される自動車の速度と
    カーブで動かして
    ぶつけてみる
 
  (‥ )ここまでくると
      なんどかやったら
      ああ、事故が起きた
      という再現になってくる
      つまり
      再現しきれない再現だ
      しかも事故の再現というと
      これは歴史科学なんだよな
      すでに進化論と同じ土俵に
      上がっているわけよ
      社会科学者はこれも
      否定するのかね?
      すげーな社会学者

 
 以上を踏まえれば、再現実験できるものが科学である、という主張がずさんであることは明白だ。厳密な定義を振りかざしたつもりで、結局、非現実、非実用になっている。
 
 さてもさても、これを考えると社会科学というものが、むしろ興味深い存在ではないのか?
 
 ∧∧
( ‥)ダーウィニズムは
    再現できない歴史科学であり
    自然科学ではないという
    社会科学者の主張は
    諸刃の剣ではないか?
 
  (‥ )それって社会科学者による
      社会科学の否定だよな?
      社会は再現できないぜ
 
 それにだ、自然科学はこうあるべき、などと言って定義をぶんぶん考え無しに振り回す前に次のことを考えるべきではなかったか?
 
 複雑なものを扱う時、定義というのは文脈に沿ったその場限り、固有のものであることが望ましい。
 
 実際、生物は酵素や遺伝子からして定義のしようがないものになっている。
 
 ∧∧
(‥ )同じ酵素でもそれをコードする
\−   遺伝子であっても
     いずれにも変異があって
     定義できるような一律性も
     普遍性も持っては
     いないからね
 
  (‥ )ましてや社会科学って
      酵素の集合の人間の集合を
      扱う学問だよな?
      連中は定義なんかして
      一体何するの?
 
 つまり問われるべきはむしろここなのだ。

 社会科学とやらは学問としてそもそも成立しているのか? 
 
 社会科学の実態とは定義による恣意的な理論体系ごっこという虚業なのではないか? 

 という疑義である。彼らは税金泥棒か?
 
 ∧∧
(‥ )まあ、まともな人も
\−  まともな業績もあるんでしょう
 
  (‥ )以前見た
      ダーウィニズム批判の
      教授の本は
      まったく駄目だったけどな
 
 その教授の場合、種の起源を批判しつつ、実際には読んでいないことが明白であった。
 
 ∧∧
( ‥)その教授はダーウィンは
    獲得形質を認めていた!
    誤りの獲得形質に基づく
    ダーウィニズムは誤りだ!
    と書いているんだけど
 
  (‥ )実はさ
     種の起源における
     ダーウィンの獲得形質に
     関する記述って一見すると
     ダブルスタンダードと
     思える箇所が幾つもあるんだ
 
 読んだ人間だったら、あれ? おかしいな?? なんだこれ?? とすぐに気がつくような箇所である。
 
 だが教授はそれに言及していない。この時点で彼がまともに本を読んでいないことは明白だ。
 
 ∧∧
(‥ )一見するとダーウィンの
\−  ダブルスタンダードと
    思える箇所は
    実際には非常に
    示唆的な部分なんだけども
 
  (‥ )だからさ
     ダーウィンは獲得形質を
     信じていた
     と言う人がいた場合
     その時点で
     その発言者の言動は
     残り全部切り捨てていい
     彼が本をちゃんと
     読んでいないことは
     明白だからな
 
 
 多分、あなた200ページぐらいで読むの止めたでしょ? とみなして差し支えない。
 
      
 
  

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