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2013年10月23日水曜日

弓とファランクス

 
 例えば曰く、こういう話。
 
 アレクサンダー大王が率いた軍団と戦国時代の日本の武将が率いる軍団はどちらが強いのか?
 
 ある人、答えて曰く。
 
 アレクサンダーが率いたファランクスは正面からでは無敵というが、平地以外ではばらけるから、正面からでも無敵ではない。倒せたはず。
 
 あるいは別の人が曰く、
 
 古代の弓は威力が弱い。だから歩兵の白兵戦になる。だが、中世になると長弓のように鎧を貫通するものも出てくる。中世の日本の弓も同様。だからファランクスでは中世の日本には勝てないはず。一方的に射倒せる。
 
 ∧∧
( ‥)どう思います?
 
  (‥ )そうねえ、まず、
      地形の起伏があると
      ファランクス特有の
      密集隊形が
      保ちきれなくなる
      というのは事実だよね
 
 ローマの執政官、アエミリウス・パウルスはそれで勝ったわけだし(*例えば「プルターク英雄伝」岩波文庫 第四巻 pp72)。
 
 ∧∧
(‥ )でも、正面からは
\‐   破っていないみたい
     ですよね。
     しかも敵のマケドニア国王
     ペルセウスさんは騎兵の
     投入を失敗しているらしい
 
  (‥ )大王の後継である
      マケドニアを下した
      ローマも、正面から
      ファランクスを破ったこと
      ないんじゃないかな?
 
 どうもローマの勝ちを見ていると、マケドニア側による騎兵の投入が不十分でファランクス本来の活躍ができない間に、分離攻撃可能なローマのレギオンを分離。
 
 そうして敵、ファランクスの列の隙間へ攻め込んで、あるいは背面を襲って勝利したらしい。
 
 *ファランクスは槍をずらっと並べた重装歩兵の密集陣形で、前からはほぼ無敵。ただし側面と後ろは弱い。本来は彼ら自身のみで勝ちを納めるのではなく、相手を釘付けにして、陣形両翼の騎兵がとどめを刺す、そんな役割を担っていた。だから騎兵が十分でない、というのは痛い。だが、それでも正面から破られたわけではない。
 
 ∧∧
( ‥)というと、正面からでも
    ファランクスは弱い、
    というのは
    間違いであると
 
  (‥ )というかね、
      中世後期のヨーロッパで
      マスケット銃兵を
      守る槍兵たちの装備って
      ほとんどマケドニアの
      ファランクスと
      同じなんだよね
 
 以前、聞いた話だけども、日本の戦国時代後期の足軽たちが作る槍ぶすまも似たようなもんだとか。何メートルのある長い竹の先だかに穂先をつけ、足軽は農民だから怖くないように下を向いてもらって、
 
 ∧∧
( ‥)じゃあ太鼓の音に合わせて
    槍をぶーん、ぶーん、と
    上下にしならせてください
 
  ( ‥)/ ういーす
  
 こんなだったのだとか。
 
 ∧∧
( ‥)なんか阿呆っぽいけど
 
  (‥ )でもさ、何メートルもある
      竹の先に穂先がついてて
      ぶんぶん動いてたら
      絶対防御だろ。
 
 あれを破ってきてー、と言われたら
 
 ∧∧
( ‥)あれを破ってきてー
 
  (‥ )やだ、死ぬ。
 
 穂先で頭をかち割られること必定。
 
 これは、中世後期西欧の槍兵だろうが、古代世界最強と言われたアレクサンドロス大王のファランクスでも同じだろう。そして、ローマもファランクスを正面から破っていない。
 
 だとしたら、やっぱ正面からは破れないんじゃね?
 
 では、弓の話はどうなるのか?
 
 ∧∧
( ‥)これが少しやっかいだと
 
  ( ‥)弓兵どころか、
    ‐□ マスケット銃兵を
      守るために槍兵がいた
      その装備はファランクスと
      似たり寄ったり。
      その時点で
      銃器があっても槍兵の
      密集陣形は有効って
      ことになる。
 
 
 このことから考えると、古代世界では弓が弱小だったから歩兵中心の戦闘だ、だから密集歩兵陣が成立した、というのは正しくないだろう。
 
 例えば、描写がよく分からないけども、ペルシャ戦争におけるマラトンの戦いでは、迫り来るギリシャ軍の中央をペルシャ軍が突破した話が出てくる(例えば「ヘロドトス 歴史」岩波文庫 中 pp265)。
 
 ∧∧
(‥ )「戦争の起源」河出書房新社
\‐   だと、ペルシャ歩兵の
     武装は槍、短剣、
     そして弓であると
     そして鎧は軽装備
 
  (‥ )そのペルシャ人は、
      重装備で迫り来る
      ギリシャ人を見て
      弓兵も騎兵の援護もなくて
      馬鹿じゃないの??
      と驚いているのだよね
 
 弓兵の援護は必要だろう。ペルシャ人はそう思った。
 
 そして軽装備で弓を持つペルシャ軍は、ギリシャ軍の中央を突破した。
 
 これ、槍も使うだろうけど、弓も使ってるよね?
 
 それに、ペルシャ軍がマラトンで使ったという保証はないが、合成弓が紀元前2000年あまり前からあったのはまず間違いない。
 
 *合成弓:composite bow 動物の角、腱、木材を組み合わせた弓で、小さいが強力なもの。モンゴル帝国とか、遊牧騎馬民族が用いたことで有名だけども、古代メソポタミアや古代エジプトの時代から使われていた。マラトンで使用したかはともかく、ペルシャ軍自体がこの武器を持っていたことは確か。
 
 ∧∧
( ‥)合成弓って...
    弓の中でも最強種でしょ
    古代世界の弓が弱いって
    嘘じゃね?
 
  ( ‥)合成弓の出現は、そもそも
    ‐□ 青銅の鎧を貫通するため
       じゃないか、それを
       示唆する人もいる。
 
 だがその一方で、合成弓では青銅の鎧を貫通できない。という話もある。
 
 ∧∧
( ‥)青銅って今でいうと
    10円玉でしょ?
    貫通できないんだ。
 
  (‥ )それがさ、一方では
      ある程度できるよ、
      そういう意見もある。
      射程距離は他の弓より
      長いが、その距離では
      鎧を着てないか、
      2ミリ以下の鎧しか
      貫通できないよ、
      という記述があってだな
      文献確認中。
 
 ∧∧
(‥ )....10円玉の厚さが
\‐   2ミリじゃんよ
     十分脅威でしょ。
 
  (‥ )まあ、あれよなあ、
      放たれた矢の貫通力は
      矢の重さや
      やじりの素材、
      弓を引いた時の力とか
      色々な要素があるでな
      鎧だって造りによるし
      よく分からんのよ。
 
 よく分からん、と言うと、
 
 中世の弓は古代の弓よりも強い。長弓なんかは金属製の鎧も貫ける。だから青銅の鎧を身につけたファランクスなんか一方的にいちころ、
 
 という意見のおそらく根拠になった、その長弓
 
 ∧∧
( ‥)1346年、
    フランス対イギリス
    クレッシーの戦い、
    battle of crecy
    の話が念頭にあるのでは?
 
  (‥ )金が無くなって騎士を
      雇えなくなった
      イギリス王が、
      わずかな騎士を馬から
      おろし、さらに
      1.8メートルもある長弓を
      使う長弓兵と共に
      戦わせて大勝利を
      おさめた戦いだね。
 
 長弓が強固な防御力を誇る騎士たちを圧倒した、と喧伝される話でもある。
 
 ∧∧
(‥ )長弓を引くには鍛錬が必要で
\‐   それに必要な力は60キロ
     あるいは90キロ
     鍛錬は一生もので....
 
  (‥ )とっ、言われているが、
      実際には40キロ以下、
      30〜36キロぐらいです
      そういう情報もあってだな
      確かにこれだけでも
      重労働だけど、
      普通の弓と比べても
      その2倍以下の範疇だ。
 
 一般に信じられているような、弓を引くのに60キロ、90キロ必要です、なんていう夢物語みたいなものではないらしい。
 
 はたして、古代世界から存在し猛威を振るった合成弓と比べて、イギリスの長弓は特筆すべき能力を持っていたのか? そもそもクレッシーの戦いにおける長弓兵の働きは具体的にはどのようなものであったのか?
 
 ∧∧
( ‥)迫り来る騎士たちの
    板金鎧を次々に射抜いて
    ばったばったと
    撃ち倒す...
 
  (‥ )という痛快な
      ものだったのか?
      あるいはもっと地味で、
      しかし効果的なもので
      あったのか?
      そもそも何だったのか?
      そこが問われるよね。
 
 
 いずれにせよ、長弓兵によるイギリス軍の優位は火器の出現により、50年程度で終了したらしい。長弓兵の代わりにやってきたのは、それはより強い弓兵...、ではなく槍兵であり、彼らに守られるマスケット銃兵だった。西欧世界では合成弓は最後まで使われなかったらしい。そしてマスケット銃は、弓矢よりも弱かった。密集した槍兵とマスケット銃兵の組み合わせは、やがて銃剣をつけた銃歩兵たちの横隊へと変わっていく。
 
 ∧∧
(‥ )でも、ナポレオンの時代に
\‐  おいてさえも、まだ、
    銃は合成弓にはかなわないとか
 
  (‥ )銃が一番すぐれているのは
      腕力がなくても誰でも
      使えるってところに
      あるんだよな。
      弓の優位性があっても
      数がそろわなくちゃ
      意味がないわけだしね
 
 それを考えると、長弓兵がたった50年程度で消えた、というのもそういうことなのかもしれぬ。実際、90キロなんて、あれ嘘、片手で40キロぐらい動かせたらそれで良いです、と言われても、普通は嬉しくないし、訓練が必要なことに変わりはない。当然、そうしたら兵隊の数がそろわない。それなら銃の方がいいだろう。
 
 ∧∧
( ‥)そして、よく分からない点は
    あるけども、ファランクスは
    弓矢では倒せないだろうと
 
  (‥ )弓兵の数さえそろえれば
      倒せることは倒せる
      はずだよね、
      でも、合成弓がある
      古代世界どころか、
      火器が大々的に使われる
      中世後期になっても
      槍兵がいた
      そのことを考えると、
      弓どころか、
      銃がファランクスを
      一掃出来るようになる
      ことさえまだまだ先だ、
      そう考えるべきだろうな
 
 つまり、アレクサンダーと日本の戦国武将が戦ったら、というのは色々な意味で無意味な仮定なんだろうけども、実際には...
 
 ∧∧
( ‥)いい勝負?
 
  (‥ )かもね
 
 少なくとも、騎兵や槍兵や色々な兵士を組み合わせた複雑で高度な軍団である、という点ではどちらも見るべきものがある。それはアレクサンダーも中世後期の西欧の軍団も戦国末期の日本の武将も同じだったのだろう、そう考えるべきやもしれぬ。
 
 世界史に残った征服王とためを張れるとしたら、それはすごいことなのだ。
 
 
 
 ∧∧
(‥ )「戦争の起源」を書いた
\‐   フェリルさんは、
     中世どころか、
     ワーテルローの
     ナポレオンと
     アレキサンダーを
     比較してますけどね
 
 (‥ )マスケット銃は
     90メートルでは役に立たず
     45メートルで威力を
     発揮しはじめる。
     マスケット銃の射撃の中、
     最後の突撃でフランス軍は
     イギリス軍まであと
     18メートルまで迫った。
     もしもそこいるのが、
     銃剣を持ったフランス兵
     ではなくて、
     3メートルの槍をずらりと
     並べ、甲冑で身を固めた
     重装歩兵だったら?
     それを言われるとねえ、
     確かに考えてしまうよな
 
 もちろん、こんな比較は作者が述べているように、現実的には無意味なんだろう。実際、ワーテルローでナポレオンが戦うのは別にイギリス軍だけじゃない。前日に後退したプロイセン軍がじりじりと迫ってきている中での戦いだ。それに、カタパルトを使い、初めて見る象とも戦って勝利したアレキサンダーと彼の軍団も、さすがに火薬は知らない。
 
 ∧∧
( ‥)とはいえ、2000年の時を
    越えて、
    実は意外と似た感じの
    方々でもあるのだと
 
  ( ‥)技術の進歩は何か?
    ‐□ 勝負の趨勢に影響を
      与えるのは何か?
      興味深い問題だね
 
 *そもそも「戦争の起源」という本のテーマがこれ、”アレクサンダーの軍団は非常に洗練されており、ナポレオン時代の西欧軍に匹敵するほどだ”、にある。
 
 そして、弓とは何か?
 
 ∧∧
( ‥)それも調べてみようと
 
  (‥ )さっき本を発注したよ
      仕事にも多少は
      関わることだからね
   
 
 *次へ続く=>hilihiliのhilihili: 弓とファランクスだけを比べるのは無意味
 
  
      
  

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